高齢者の医療費

まだ一般の方にはよく知られていないが2008年4月より後期高齢者医療制度が始まる。

その骨子として、

1)後期高齢者(75歳以上)は現在加入している国保や健保からはなれて後期高齢者だけの独立保険にはいる。家族に扶養されている人を含めすべての後期高齢者が保険料の負担を求められ、大多数が「年金天引き」で保険料を徴収される

2)保険料額は、全国平均で年7万2000円(月6000円)になると政府は試算

3)診療内容にかかわらず、医療費の総額はまるめ(一定)となり、費用のかかる検査は受けにくくなる

いろいろ議論があるだろうが、また零細開業医の立場では反対しなければならないのだろうが、私はこのような制度は必要であると考える。もともといまの健康保険制度は、多数の若者(病気の人が少ない)が、少数の老人(病気を抱えている人が多い)を支えるように制度設計されたもので、高齢者が人口の1/3にもなる状況では無理が生じる。

高齢者=弱者とういう単純な図式はもう成り立たない。日本の金融資産1500兆円のうち800兆円は高齢者のものといわれている。勿論偏在は大きいだろうが。

また筆者在住の世田谷では、高齢者の持ち家比率はかなり高く、たとえ金融資産が少なかったとしても、資産はそれだけでも数千万にもなる。

持てるものに対してまで、すべて公が面倒を見るのではなく、持てる高齢者の方には、それ相応の負担をしていただかないと、日本の福祉システムが崩壊してしまう。

また高齢者の受診率は他の先進諸国と比べて日本で際立って高い。

しかし、高齢者の負担を増やす制度は、日本では今後頓挫する 可能性が高い。

日本のような民主国家では有権者の半数がある一定年齢を越えると、高齢者の負担を増やす制度は実現しなくなるといわれており、日本はこのラインをもう超えている。

パンデミック

NHKの新型インフルエンザに関するドラマとドキュメントをごらんになったであろうか。

とてもよく出来ていたと考えますが、いくつか現場の医師として付け加えるというか、確認しておきたいことがあります。

1)新型インフルエンザはいつ流行ってもおかしくない

H5N1の人から人への伝染が中国、インドネシアなどで報告されている。WHOもいつ新型インフルエンザが流行ってもおかしくないといっている。一度流行ると最初の年に国民の25%(3200万人)が罹患し、死亡率2%(72万人)といわれている。これはウイルスが比較的弱毒であったばあいで、もし強毒性のものが流行すると死亡率はもっと高くなる。

2)新型インフルエンザの封じ込めは可能か

これは正直難しいと思う。新型といってもインフルエンザには違わないので、封じ込めはきわめて難しい。

第一波が収まっても、第二波、第三波と流行がやってくる。学校を休みにしたり、電車を止めることを何回も繰り返すのは現実的には難しい。 流行することを前提とした対策が必要である。ヨーロッパ諸国では全国民にタミフルがいきわたるような備蓄を進めているが、日本の現状はお寒い限りである。

3)タミフルの必要量

ドラマの中でも正確に言われていたが、新型インフルエンザの治療には、普通のインフルエンザの倍の量のタミフルを倍の期間飲まなければいけない。

通常必要量は 一日2錠 五日間の合計10錠であるが、新型の場合は一日4錠、十日間の40錠が必要である。

新型インフルエンザとタミフル

タミフルの所謂”副作用”の騒動も季節が変わり一段落して、新聞でもタミフルについて触れられることはなくなった。メディアの無責任な報道で、タミフルの副作用で、子供の飛び降り事故が多発したことが規定の事実になってしまったようである。

しかし、専門家の意見によれば、恐怖を伴う幻覚を見るのは、インフルエンザでは昔から知られていたことであり、タミフルの投与とは無関係である可能性が高く、またタミフル発売以後、10台の飛び降り事故が急増したという証拠はまったくない。またFDAでも、ひとこと日本からの報告に触れているだけで、とくに思春期の青少年へのタミフルの投与をしないようにとは勧告しておらず、10才代へタミフルを投与すべきでないとしているのは、日本だけである。というのが現在のところの状況である。

さて、普通のインフルエンザはともかく、いま最も心配されているのは新型インフルエンザである。新型インフルエンザについて少しおさらいしてみよう。

数十年に一回ウイルスの突然変異によって出現する新しい型のインフルエンザ のことで、ほとんどの人が抵抗力がない、免疫がないということを除けば普通のインフルエンザとなんら変わることがない。人々に免疫力がないために一度感染すると、体内でウイルスの増殖が続くので、からだの免疫反応としてのサイトカインの産生が大量に長期に続くために、肺障害をおこして死亡することが多くなる。

流行すると人口の25%が初年度に感染し(日本では3200万人)、死亡率は何もしなければ凡そ2%、ワクチン、タミフルなどで予防、治療が出来れば死亡率は1%程度と見積もられている。流行の波は何回もやってくるので、例えば山にこもったり、電車を一時的に止めたりしても、流行の完全な阻止は困難。

現在の治療法としては、ノイロミニダーゼ阻害薬しかなく、タミフルやリレンザがこれにあたる。H5N1(鳥インフルエンザ)の治療経験から言えるのは、早期から長期(10日間)に通常の倍量のタミフルを投与しなければ効果がない。だから、もし新型インフルエンザが流行り始めたら、発熱したらすぐにタミフル服用を開始する。検査が陽性になってからタミフルをはじめたのでは間に合わない。

ところが日本は2500万人分の備蓄しか なく、それも通常投与量での備蓄で、しかも現時点ではまだその半分も備蓄が済んでいない。フランスでは最終的には人口の50%以上の分の備蓄をすすめている。

また、タミフルが足りないからといって、厚生労働省の言うように、高リスクの人への投与をしないということは現実には出来ない。そりゃそうでしょ。実際に流行が始まって、病院や診療所の外来を発熱で訪れて、医者に、あなたはインフルエンザの可能性が強いですが、30歳の健康な成人なので、タミフルは出せません、2%の確率で死にますといわれて、あなた納得できますか。

というわけで、マスコミの人がもしこれを読んでいたら、秋にもWHOの新型インフルエンザに関する勧告が出ますので、しっかりと客観的に報道して、新型インフルエンザに備えるように世論を喚起してくださいね。

医療崩壊 その4

前回続きです。

高度な技術を持った人が、それなりの待遇を得ていることに対して、多分多くの人が賛成すると思います。その額がいくらであるかについては、いろいろ議論があるでしょうけれども、例えば世界的には数学的な才能に対しては、非常に高額の報酬が支払われます。革新的なプログラムのアイデアに対してもです。同じように、高度な外科的技能に対しては、世界的には高額の報酬が支払われます。ただ残念なことに日本の医療の世界では、今までは医療の技術とか、知識といったものに対してではなく、経営的才覚とかいったもうすこし別の観点からみて報酬が決まっていました。それはひとえに、医療政策の誘導を、国が診療報酬(どのような行為をしたら、いくらになるトイ決め事。2年ごとに改訂され、複雑怪奇な内容になっている。電話帳ほどの厚さがある本にまとめられていてる。)を通じて行なってきたためであると思われます。国が誘導したいという方向に、高額の報酬をつけることで、医療機関を誘導していこうというものです。かってはそれなりに機能していましたが、現在はこうした方法はうまくいかなくなりつつあります。例えば、今の小児科や産婦人科の医師の不足を、小児科や産婦人科への診療報酬を増すことで対処しようとしています。ということは小児科を標榜していれば、開業医だろうが、基幹病院の小児科だろうが、収入が増えることになります。大病院の場合、もともと小児科は不採算部門でしたから、多少診療報酬が上がったところで、小児科医の待遇が劇的によくなることはありません。しかし、小児科を標榜する開業医は、診療報酬の増額の恩恵を直接受けます。とすると何が起こるか、もうお分かりですよね。

今厚生労働省が進める在宅医療についても同じことが言えます。

ということはまた次回以降に書きます。

医療崩壊 その3

前回日本の医療費が安いことを書いた。国際的に比較して、日本の医療費、特に所謂専門的な技量を必要とする医療の医療費はものすごく安い。特に手術の技術料は驚くほど低く抑えられている。これは技術という眼に見えないものを評価することがもともと少ない日本というか、アジアの土壌に根ざしているのかもしれない。低い技術料を、物品、例えば人工関節の納入価格と保険の価格のわずかな差額で補っているのが現状で、それとても本来高い技術をもったひとに十分に報いるものには程遠いのが現状である。

日本の医療のさらに特殊なのは、高い専門的な技術を実際に発揮している30才台から40才代にかけての報酬が低く抑えられているのに対して、そうした専門的な医療から引退して、開業して家庭医になってからのほうが収入が一般的に多くなるというところにある。世界的に見て、専門医よりも家庭医のほうが収入が多いのは日本とデンマークだけだそうである。 大病院に勤務して難しい病気の治療をしている小児科医の収入が少ないことがおかしいという疑問を、知り合いの成功している開業医の先生にぶつけてみたところ、なに開業すれば元が取れるだからという答えがかえってきたことがあった。風邪のなかに重大な疾患が隠れていることがままあるから、開業している小児科医の重要性を否定するものではないけれど、まあ普通に考えて、大病院で、寝る間を惜しんで、難病から、普通の風邪までの診療をしている小児科医の方が、主として軽い病気を見ている開業小児科医より収入が少ないのはおかしいと思うわけです。

ただ今の日本の医療制度は長年の歴史的な積み重ねの結果としてあるものなので、闇雲にいじると混乱が広がって、かえっておかしなことになる。それはちょうどいま厚生労働省の朝令暮改の制度改正で、現場が混乱しているのと同じである。

でも皆で知恵を絞れば、よい解決策はきっとあるんですね。

その辺はまた明日以降に書いて行きます。

医療崩壊 その2

医療崩壊の最大の原因は医療費が安すぎることにあると書くと、驚かれる方もい多いでしょう。

私は、俺は今の医療費でも十分高いぞと感じておられるひとはまずは下記の データをまず見てください。

AIU調べの虫垂炎(所謂盲腸です) に要する医療費と入院日数を見てください。

場所        入院日数    費用

ニュ-ヨ-ク    1日    243.9万円

香港         4日    152.6万円

ソウル        7日     51.2万円

日本         7日     37.8万円

アメリカ人とて1日で虫垂炎から回復するわけはないのですが、医療費が余りに高いので、1日で退院して、あとは近くのホテルに泊まって、外来に通ったりするわけです。勿論保険に入っていればこのうちの何がしがカバーされるので、自己負担の額は人によるので一概に言えないのですが、とにかく日本の医療費がダントツに安いのは事実です。それでも医療費が高いと感じるのは、国民皆保険とフリーアクセス(いつでも好きな医療機関に何の制限もなくかかれるという世界でもまれな制度)に加えて、長いこと意図的に医療費を抑えてきたために、医療の価格に誤った認識を皆が持ってしまったことに大きな原因があります。

いやいや近くの開業医はベンツに乗っているぞという声が早速聞こえてきました。けしからん、と。

お気持ちはわかります。

その辺はまた明日以降に。

医療崩壊

このところ毎日のように新聞の一面に医療改革の話が出ているのを皆様お気づきでしょうか。

1)後期高齢者医療保険制度

2)総合診療医

3)小児科産婦人科の問題

4)医師確保法今国会で制定へ

などなど。僕は自分自身が一開業医でもあり、非常勤の病院勤務医でもあるので、これらのニュースにどうしても眼がいくが、多分多くの人は自分には関係ないことと思っているのではないでしょうか。だから上のようなことがどんなことを具体的に意味するのかイメージがつかめないじゃないかと思います。

今表面で報道されていることは、大きな変動の前触れで、このまま行くとあと5年もすると、病気になったときに病院へ行って、みなさん随分と驚くことになるようになります。

どんなことが起こるかって?

1)今入っている公的健康保険だけでは、満足な医療が受けられなくなるので、民間保険に入らなければならなくなる。一流病院に行くためには民間保険が必須になる。

2)公的健康保険だけだと、例えば胃癌になったとして手術が半年先と言われるかもしれない。勿論高額の民間保険に入っていて、公的健康保険を使わなければ、手術は今と同じようにすぐ受けられるかもしれない。

3)今は風邪で病院や診療所に行くのが普通だけれど、風邪くらいでは病院にも診療所にもかかれなくなるかもしれない。

4) そもそも病院の数がずっと減ってしまって、身近には少数の大きな病院しか残っていないかもしれない。

要するに、今と同じように気軽に検査を受けたり、診察を受けたりすることが出来なくなっているかもしれない。

上に書いたようなことは、今のアメリカの現状で、気軽に病院に行ける日本のような国は世界にほとんどないことをみなさんご存知でしたか。
どうしてそんなことになるかもしれないのでしょう。

タミフルを巡る混乱

タミフルについて連日報道されている。現場の私たち医師も正直混乱している。

そもそも今はやっているインフルエンザは普段元気な成人にとってはちょっと重めの風邪であって、休養と栄養をとれば命にかかわることはまずない(絶対に、ではないですよ)。タミフルを摂取しても熱のある期間が1-2日短くなるだけです。

ところが子供ではご存知のように脳症という重篤な状態になることがあり、命を落としたり、重い後遺症が残ったりすることがあるのです。またどのような人が重い脳症を発症するかは、今のところ事前に予測することが不可能なのです。 この脳症の発症は以前は7歳以下に多いといわれていたのですが、10才台でも報告されています。さて、ここで我々が混乱するのは

1)タミフルによって脳症が防げるのか、タミフルを飲んでも脳症の発症率は変わらないのかについてのデータがない

2)タミフルと異常行動の関連についての客観的なデータがない

この二つがわからない限り、このなんでも訴訟の時代ですから、タミフルを投与しても、投与しなくてもなにか問題が起こったときに訴えられる可能が生じてしまうのです。

また新型インフルエンザがもし流行り始めると、今のところ有効な対応策はタミフルとリレンザしかない上に、リレンザは入手困難なので、タミフルを飲まざるを得ない。しかし、あまりタミフルの危険性ばかりが強調されると、必要なときにタミフルを飲まない人も出てくるかもしれない。

などなどいろいろなことが頭を駆け巡るわけです。

最後に自分の子供だったらどうするかということを書きます。インフルエンザにかかって、高熱を出して真っ赤な顔をしているが、あまり汗が出ないという状態は、漢方で言う典型的な太陽病なので、漢方薬の麻黄湯を使います。その時に注意することは、薬は熱湯に一度溶かして冷ましてから飲むこと、できれば空腹時に飲むことです。葛根湯にも麻黄が含まれているので、葛根湯でも代用可能です。そして、ちょっと多めに使います。甲状腺機能亢進があると使えないなど、この処方にはいくつか注意点があるので、漢方に詳しい先生に相談してくださいね。

またインフルエンザにそっくりな症状を起こす病気にレジオネラ症というのもあります。レジオネラという細菌を温泉施設などで大量に吸入すると起こる病気で、早いうちに適切な抗生物質を使わないと、体の弱っている人では命を落とすこともあります。
世界中で、インフルエンザですぐに医者にかかれて、診断キットですぐに迅速診断されて、タミフルを含めて適切な治療を受けられるのは、実は先進国を含めて日本だけなのです。

他の国ではどうしているかって? 例えばイギリスやアメリカでは、アセトアミノフェンを飲んで家でじっとしているだけです。


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